入れ歯で悩まないために
家庭画報の医学の話題というコーナーで稲葉繁先生が以前取材された記事です。
自分の歯をできるだけ保つ方法についてくわしく書かれています☆
◆医学の話題
自分の歯を保つ方法~入れ歯で悩まないために~
生きていくためになくてはならない歯。いくら歯科技術が発展しているとはいえ、自分の歯に優るものはありません。入れ歯にしたことで、噛みあわせが悪く なったなどのトラブルは絶えません。そこでまず自分の歯をできるだけ多く残すにはどうするべきか、また入れ歯にする場合、トラブルを少なくする方法を取材 しました。
【自分の歯で噛んで筋力の老化を予防】
「白いっていいな」というキャッチフレーズは、こぼれるような真っ白い歯のイメージ。いまでは歯並びのいい真っ白い歯は、健康美そのものの象徴ととらえられています。
しかし、これまで日本人には歯を大事にする価値観が希薄だったと稲葉先生は指摘します。
「歯は単に物を噛み砕くだけではなく、美的感覚にも大きな影響を及ぼします。目は感情の質を、歯は感情の量を表す、といわれるように歯はコミュニケーションの一部ともいえます。健康な歯を作り大事にするためには自己管理することが基本です。」
日本では愛くるしいととらえられている八重歯も欧米ではドラキュラといわれ、歯に対する自己管理の悪さを公言しているようなものです。
また日本人の癖として笑う時、口元を手で隠すことがありますが、こうしたしぐさも実は日本人の歯に対する自身のなさを表しているのかもしれません。
歯がなくなったら、入れ歯にすればいいとか、何本か残っているのが面倒だから総入れ歯に、などと考える人もいるようですが、大きな間違いです。
噛むという動作は健康にとってはとても重要で、噛むことによって筋力の老化が予防されます。また、噛むことで上下の歯がぶつかり合って、その衝撃は顎から頭につながり、頭蓋に吸収されます。その結果、脳が刺激を受けるわけです。
本来のははとても精巧にできていて、歯には歯根膜と呼ばれるセンサーのようなものが働き、何か異物が混じったときなど、すばやく口の動きを止めることができます。歯が抜けてしまうとこうしたセンサー機能も失われますので、想像以上に不自由なものになるわけです。
若さと健康を保つためにも、自分の歯を一生使えるようにするためにも、歯をきちんと自己管理する努力が基本といえます。虫歯や入れ歯をするため、あわてて歯医者に駆け込むのではなく、日頃から予防のために歯医者さんと付き合うことが重要といえます。
【歯周病が入れ歯の原因 予防は歯垢チェックで】
最近、テレビのキャンペーンでもお馴染みになっているのが「8020運動」です。これは、80歳で20本のはを保とうという運動です。使える歯が20本以 上あれば、不自由を感じないでたいていの物は食べられるという「歯が何本あれば噛めるか」という調査結果に基づいたものです。
21世紀には、日本は4人に1人が65歳以上という超高齢社会を迎えます。平均寿命は80歳以上となっても、歯がボロボロというのでは、健康な高齢社会と はいえません。そこで、なんとか自分の歯を20本保とうという運動が繰り広げられているのですが、現在は80歳で6本というのが実態です。歯が20本保っ ていればたいていのものは食べられるということで、超高齢社会の到来に向けて「8020運動」が展開されているわけです。
歯を失う平均年齢を調査した統計によると、最も早く失われるのは下顎の一番奥の大臼歯で女性の平均が41歳、男性では44歳となっています。全体的には 50歳のころから抜け始め、65歳までにはほとんどが抜けているようです。しかし、歯がなくなれば入れ歯をすればいいと考えるのではなく、今から自分の歯 をどうやって保つかを考えることが、より大事だといえます。
歯を失う原因の第一は歯周病(歯槽膿漏)です。歯周病は歯を支える歯周組織そのものが破壊されるもので、歯の成人病ともいえます。50代の人の70%はかなり進行した歯周病にかかっているといえます。
歯周病は大きく2つにわけることができます。ひとつは歯ぐきだけが冒されている歯肉炎で、もうひとつは歯を支えている歯槽骨まで冒されてしまう「歯槽膿 漏」です。こういった歯周病の元凶といえるのが、歯を磨いても取りきれずに残ってしまう汚れ、つまり歯垢です。歯垢は成分の80%が細菌からできていて、 適度な温度に保たれている口の中は細菌の絶好のすみかになっているのです。この歯垢となる細菌から産出される乳酸がカルシウムとたんぱく質からできている 歯を溶かしてしまいます。
歯肉炎は歯を磨いた時に歯肉から出血しますが、痛みはそんなに感じられません。歯肉炎を放置しておくと、炎症は歯肉の深い部分まで進み、歯と歯周組織を結 んでいる繊維を破壊され、支えのない歯はグラグラして咀嚼がうまくできず、末期になるとちょっとした疲れや風邪などで、歯肉は腫れ、痛みを繰り返し、つい には抜歯に至るわけです。
歯周病予防のためには、歯垢を定期的に取り除くことと、自覚症状のない歯周病を早期発見し、治療することです。歯周病を自分で見つけるには次のような症状が手がかりになります。
- 歯を磨いた時や堅いものを噛んだとき、血がでる。
- 歯肉の色が暗紫色にかわっていたり、歯肉が腫れている。
- 歯肉がむずがゆく、指で押すと気持ちよく感じる。
- 歯肉を押すと歯と歯ぐきの間から膿や血が出る。
- 物を噛んだり、指で触ったりすると歯がグラグラする。
- 体の調子のわるい時に歯肉が腫れたり浮いたりする。
こうした症状を感じたときは、早めに歯科医院を訪れ、歯周病の治療を受けることが大事です。
【入れ歯のトラブルを防ぐ】
最近の歯科技術の進歩は目覚ましいものがあり、治療や材質はかなり進歩しています。義歯も一種の道具である以上、十分使いこなすためには知識が必要です。
まず、人工歯の材料ですが、保険のきく合成樹脂からつくられた硬質レジンと保険がきかず費用的には高いセラミックスに分けられます。
硬質レジンの場合、保険適用されるので安めですが、2~3年経つうちに変色し始め、自分の歯と人工歯の区別が出るようになるのが難点です。一方セラミック スの場合は10年たっても変色することはありませんが、一本10万円以上かかり、費用的に高額になるのが難点といえます。
抜けた歯が数本でまだ残っている歯がある場合、取りはずしのできる部分床義歯を入れますが、テレスコープ義歯とクラスプ義歯の二通りの方法があります。
クラスプ義歯というのは、自分の健康な歯にばね(クラスプ)をかけて義歯を固定する方法ですが、長い間には、健康な歯をグラグラにしてしまう危険性があります。
もう一つのテレスコープ義歯はまず自分の歯に金冠をかぶせ、人工歯を接着した外冠をはめ込む仕組みです。残った歯を大切にすることができますが、費用としては一本の歯に15万円前後かかるのが問題といえます。
金額的な問題は別にしても、入れ歯に対する不満は次のようなものが代表です。
- 痛くていれられない
- 口の中に傷がつきやすい
- 取り外しが面倒
- 食べ物の味がわからない
- 食べ物の味がかわる
- 発音がうまくできない
- 噛めない
こうしたさまざまな入れ歯のトラブルのなかでも、現行の医療制度のなかでの三大トラブルといえば、
- 患者さんとの対話や説明不足による問題
- 保険と自費診療に関わる問題
- 歯科医の治療内容、技術技能不足の問題
と指摘されています。
この点に関し、稲葉先生はこうアドバイスしています。
「歯周病で歯ぐきがグラグラになり、骨がなくなってから入れ歯をするのは避けなければいけません。ですから、まだ土台がしっかりしている 間に、補強するための義歯をいれるべきです。基本的に軽くて小さい入れ歯は骨を傷つけやすいようです。入れ歯は、強さと大きさが肝心で、そのためには担当 医とよく相談して、治療の最終目標を定めることです。当然、担当医は自分の歯をどう保つべきか、コンサルタントをよくしてくれる人を選ぶべきでしょう。や はり、歯科治療の根本はインフォームドコンセント、(説明と同意)ですから 、しっかり話すことです。」
【三つの方法で予防して自分の歯を保つ】
歯の成人病ともいえる歯周病をどう防ぐかは、日頃からの努力がとても大事です。
歯が抜ける原因は、虫歯と歯周病とに大きく分けられますが、最近、虫歯によるものは治療技術の進歩で少なくなっています。問題は歯周病ですが、予防のためには次の三つの手順でいつも口腔内を清潔に保つことが大事です。
まず、ていねいなブラッシングをこころがけ、次に、歯の間の歯垢を糸で取るフロッシングを励行することです。最後に口腔内を洗浄液ですすぐリンシングという三つのケアを毎日、歯磨きのときに、習慣づけることです。
この三ケアで歯肉炎や予防することができます。さらに定期的に歯科医院へ行き、スケーリング(歯石除去)を3カ月毎に行うことです。また、歯周病を予防す るため、歯茎が健康な間に、正しいブラッシング法をマスターすることも必要です。歯周病予防のためには、スクラビング法とバス法の二通りの磨き方がありま すので、自分に合った方法を身につけたいものです。
スクラビング法は歯周疾患の治療に効果があり、バス法はある程度、歯周病の症状が進んだ場合に効果的です。
ブラシの素材は、細菌から歯肉を清潔に守るため、自然毛のブラシより、ナイロン製のものが一番です。また、電動歯ブラシも効果的といえます。
【歯の悪さは万病のもと かみ合わせがポイント】
口の中は、想像以上に細菌がはびこっています。虫歯を放置したままにしておくと、細菌が血液中に入り、全身に細菌をばらまく「歯性病巣感染」にもなりかねません。
また、かみ合わせなどの咬合異常から全身に異常をきたすこともあります。かみ合わせが悪いということは、顎が不正な動きをしているということで、やがてバランス異常を起こし、体全体のバランスが崩れる連鎖反応を引き起こします。
バランスが崩れると、首の筋肉は緊張し、頸椎の変形が起こり、やがて全身病につながります。
頭痛、肩こり、筋肉痛、腰痛が起きたり、神経が圧迫されることによって、手足の指がしびれるという症状も出てきます。また顎関節症(顎の疾患)の深いな痛みを覚えることもあります。
よく義歯を入れた時に感じるかみ合わせの悪さも、そのまま放置していると、さまざまな全身病を引き起こす原因にもなりかねません。こうした場合は、修復をしたり、作り直すことが必要です。
とにかく、自分の歯で一生、物を食べるためには40代からの予防と検診が決め手になることは、間違いありません。
「虫歯や歯周病は、バクテリアによる感染症です。ですから口の中は、いつも清潔にしておくことが最大の予防といえます。歯が痛くなったり、入れ歯のために歯科医に通うのではなく、自分の歯を生涯使うため、予防と点検のために歯科医に通うよう心がけるべきです」(稲葉先生)